若葉風| 仰向けて五月の空に傘を干す むきだしの腕に冷たき若葉風 角材の芯の薄紅梅雨きざす 彼方まで走り抜けたき青田かな 炎天や長袖シャツの路上画家 金亀子潰れて青く光りをり |
秋日濃し| 女生徒のペンに弾かれ放屁虫 原稿を綴ぢる黒紐秋日濃し 新妻の赤きカチューシャ竹の春 眠る子の手に焼栗の匂ひかな 落し穴見下ろす少女草紅葉 近江路の宿の門灯秋更くる |
レーニンの声| 墓守の手のひらに来る寒雀 春寒や赤の広場の古銭売 ざら紙に包むピロシキ春の雪 早春や宛名のロシア文字太く 青梅雨や古りし切手のガガーリン 虫の秋ロシア土産の火酒酌めり 鏡台のロシア人形冬に入る 十二月レーニンの声教室に |
卒業| 冬帽に耳すつぽりと追試受く 悴める手を尻に敷き補講生 後ろより小さき舌打ち大受験 中学の受験終へし子話しづめ 不合格なる夜も漢字さらふ子よ 卒業を祝ふ父の句文集に 卒業や母より大き靴履きて |
花見酒| 足元に春のストーブ脱稿す あたたかや指人形の眠る箱 風ひかる山高帽の音楽士 制服に大きリボンや入学す うららかや鶏のゐる兎小屋 理学書に付箋びつしり桜冷 学生に肩を叩かれ花見酒 定年の恩師も来たり花の宴 |
梅雨の傘| 梅雨兆す講義のまへの頭痛薬 梅雨の傘研究室にひろげ干す 空缶の金魚ゆらして登校す 豌豆の蔓教室の窓辺まで 幼子を横抱きにして青田道 含羞草眠らせピアノ教室へ 噴水のしぶき詩集の文字濡らす ハンモック文庫本より栞とぶ |
香水| 学生の香水書庫を満たしけり 夏服に雨の染み濃き教師かな 肝試しコップの泥鰌一息に ラジオより革命賛歌熱帯夜 噴水の穂に手刀を放ちけり 緑蔭の鳩みな影のごとくをり 鰻屋に角燈ともる祇園かな |
揚花火| 空瓶のかち合ふ音や朝曇 銭湯の古りし秤や蝉しぐれ 卓球のサーブ涼しき老母かな 揚花火音するたびに瞼閉づ 古本の虫爪で剥ぐ熱帯夜 乾びたる蛸壺覗く晩夏かな |
木の実降る| 恐竜の模型出窓に月出づる 硬骨のステゴザウルス九月来る 長き夜や子の枕辺に星の本 木の実降る駅舎の児童絵画展 秋霖や情痴小説読み耽る 柿食ふや古書目録に皿のせて ペンだこの凹みてゐたり暮の秋 |
雪投げ| 出勤の印くつきりと冬に入る 受精図を写すノートに冬日差す 雪投げやギターケースを楯にして うさぎ飼ふ役者志望の女学生 スコップで雪砕く音校庭に 予備校の窓の明りや鬼やらひ 地下書庫の鉄扉に響く嚔かな 待春の廊下に追試予告貼る |
冬の蠅| 仕立屋の福耳赤し小六月 翁忌の琵琶湖に小石投じけり 風花や露店に銀の皿と匙 極月や洋品店の窓明り 湯上りによべのシャンパン年詰る 初旅の海しらしらとひらけたり 冬の蠅逆さにとまる醤油差 |
春の星| 豹柄の傘すぼめけり受験生 採点の朱筆掠れし余寒かな 春寒や研究室に反故の束 予備校の看板のうへ春の星 教卓へ黒々と来し春の蠅 よく笑ふ新入生が真ん前に 丹念に傘折り畳む新教師 春暑し迷彩帽の女学生 |
蝶の昼| 春立つや塗かぐはしき硯箱 早春やパン屋に裸婦の木炭画 ざら紙に包んでもらふヒヤシンス 耳うらにあたるバリカン蝶の昼 利酒の列より初蚊追はれけり 編集の卓に土筆の砂糖菓子 |
白南風| 探偵のビラ電柱に五月来る 筍をもらひて早き夕餉かな 夏きざす我楽多市の遠めがね 五月雨や硝子絵展の床きしむ 手作りのびつくり箱を父の日に 梅雨の星牧場の匂ひしてきたり 白南風や黒板ふきを叩く音 子にかけるプロレスの技海の家 |
鵜篝| 萍へボート下せり舟大工 炎昼の原爆ドーム静かなり 夏河に石放る子や爆心地 熱帯夜土偶のごとく子ら眠る 落蝉の足震はせて歩きをり 鮠の子を指で散らせる晩夏かな 火の玉となりて鵜篝近づけり 鬣のやうに鵜篝揺れにけり |
思ひ草| 宿題の図画太巻きに秋学期 秋の蚊をガラスの瓶に予習の子 スカートが風に膨らむ花野かな オキシフル膝に泡立つ秋夜かな 糸瓜忌や古書目録に朱のマーク 教卓に腹さらしをり放屁虫 思ひ草摘めばネクタイ地に触れし 柳ちる辻占ひの小机に |
枯木山| 歩み寄る象のまばたき冬初め 雪囲して三匹の子豚飼ふ 冬温し素焼の皿に絵筆あて 冬晴や織部の厨子に蛇の神 晩鐘や花柊の香の満ちて つり銭に鱗張りつき年の暮 書割のやうな月出て枯木山 |
寒紅| 赤ワイン先づ妻に注ぐ聖夜かな 初風呂や吾子の薄れし蒙古斑 初風呂の熱さに腰を浮かせけり 歌留多手にとりて若やぐ母の声 初泣のやうに目薬こぼしけり 深々と腰折る御慶道隔て 寒紅をさして幼きバレリーナ 切絵師に渡すフランや寒茜 |
春服| 花明り傘の雨粒振りはらふ たて笛の音曲り来る夕ざくら 風呂屋より桶の音して夕ざくら 春燈下北京ダックに刃を深く 春服の父やはらかく子を抱けり 春水の落ちてゆくときうすみどり 暖かや手より零れし団子虫 |
青柿| 指深く刺して掘り出す茗荷の子 青柿に陶器の固さありにけり アメ横の椰子の実ジュース敗戦日 糸切つて塩辛とんぼ放ちけり 秋暑しふぐり覗かせ吾子眠る 眠る子の髪柔らかし夜半の秋 |
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