東西東西、逗子の山より現はれいでしは、白頭白髭の物の怪一匹、問は れず名乗るもをこがましいが、鎌倉無宿とその名も低き猫髭の、化天に遊 びて嘘八百歳、夢を喰らふが獏なれば、餓鬼の折から口数多く、貧乏ゆ すりの野良育ち、雑食嗜好の趣くところ、宵闇迫る巡礼古道、谷戸を渡りて 小坪の湊、その白浪の夜働き、魚をくすねて酒屋へ三里豆腐屋へ二里、 へそも曲がりて六地蔵、抜参りから段葛、悪い浮名も小町通の酒家梯子、 足腰見失ふまで酒を浴び、時に唐國美國の赤毛布、時節を問はず徘徊 し、法螺は吹けども嘘つかず、盗みはすれど非道せず、危ねえこの身の境 界も、寄る年波に時雨茶屋、縁は異な物味な物、西は堺の茂雄親方の御 厚誼に、湘南無宿とその名も高きラスカルの、『金子敦の小部屋』の隣に 夜露をしのぐ軒先を、立つて半畳寝て一畳、流浪の身にも存外の、『三畳 の猫髭』と傘を置く庵をばとどめ、籠耳に聞き果つりし話、お茶受けひとつ 申さうかと、独断偏見満載の、猫髭千夜一夜物語、暫くお耳を汚させてい ただき度、御贔屓のほど、隅から隅まですずずいつと御願仕候。 平成十六年卯月朔日 於逗子紙魚亭 猫髭老人拝 |
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