だろう。その次に挙げるのは、なんといっても五七五、十七音に内在するリズムだ。たっ
た十七音字のなかに収まろうとする言葉とコトバ、あるいは単語と語句が圧縮され、その
瞬間に生じる、いわば詩的スパークとでも言うべき花火のような存在がわたしを魅了して
やまない。その十七音の中心をなすのが季語である。たとえばわたしの好きな言葉のひ
とつに「花冷え」という季語がある。四月に入ってようやく寒さより暖かさの方に身体も慣
れだした頃、ことに「陽春の候」という時候の挨拶を耳にするある日のこと、急に冷え込
んで薄ら寒さを覚えることがある。この感覚を花冷えという。なるほど、満開の桜の花の
下に漂う妖気と樹に籠る精気をうまく捉え、まるで桜の木自身が冷気を放っているかの
ようなこの自然現象を花冷えと名付けた、先人の鋭い感覚が共鳴を呼び、やがて共有
感覚となって季語として定着したものだろう。この季語という共有感覚こそが俳句という
世界でも類を見ないほど短い詩形を支えて今日に至ったのに違いない。そうでなけれ
ば、こんな短い一行詩などとっくに廃れていただろう。もともと歳時記は春夏秋冬の季節
に分類され編集されてきた。さらに詳しく言うと、季語は時候、天文、地理、人事（人事は
またさらに季節の行事、衣食住、農耕、狩猟など細かく分類されている）、動物、植物、
宗教などの項目に分類され、いわば日本人の共有感覚のデータベースと言っていい。だ
が、ささやかながらもこのページはそんな従来の習慣に従わず、五十音順の配列とし
た。とくに奇を衒ったわけではない。引くのに便利だと思ったからである。例句もすべて
自作である。「私的」季語辞典とした所以である。一句に必ず季語が入っていなければな
らない、と主張するほど、わたしは頑固な有季定型論者ではないが、ただ俳句という詩
形とこの季語という詩語には少なからず恩恵を蒙ってきたと思っている。（お断り※季語
辞典と銘打ってはいますが、2005/06/03現在は自作のみ。いずれ季語の解説も掲載したいと
思っていますが、季語の解説はどの歳時記もあまり大差ありません。それよりも膨大な俳句作
品の中からとくに現代の秀句を例句として収録して行きたいと思っています。） ｂｙ鈴木
目 次
製作中 <m(__)m> です
ひろげたる地図の岬があをあをす
水打てばにはかに青き嶺が聳つ
人棲める性といふ青蔦の家に
身のなかも青葉若葉とそよぎけり
あかぎれの谷間に深く母が棲む
あかぎれのやうな日暮れが子に迫る
黒き電話に黒き線あり秋の暮
秋は日暮れという踊り場をもつ階段
えんえんとおわるえいえん秋の暮
抽斗の奥には奥の秋の暮
秋の暮凭る壁不意に崖をなす
秋の暮階段はどこまでも垂れ
街角は秋が日暮れを待つところ
落日は美学と思ふ秋の暮
幾重にも想ひをめぐる秋の椅子
秋の窓眺めるたびに雲が殖え
水は光の剣を収め秋はじめ
日は秋の光ひとくま湖の上
白いものあつまる秋の磧
秋翳裡蜘蛛のごとくに何か待つ
秋の翳どの本のどのページにも
あきかぜの貌おそらくは彫りふかし
秋の風父の齢を忘れけり
街道に立つ風は秋風の秋
秋風にたちまち染まる棺かな
秋の潮目を細めては開きては
秋の灯や潮とひくわが部屋の闇
秋の日は人影濃くて濁りなし
あぢさゐやふっと女優の老後のこと
日が帰るもろもろの暑をひきつれて
天の川湯舟は揺れて岸にあり
銀杏散るつめたきひかりいざないて
凍蝶に影ひとつなき山河かな
薄氷畦木に人がふと消えて
うすらひの雫より蝶生れけり
うすらひの淵へ淵へと蒼さかな
うすらひの淵へ淵へと蒼さかな
空蝉の裂け目より夕闇が充つ
炎昼や樹の中に棲む水の精
炎昼の密かな暗を女体といふ
炎昼の街角人を消すばかり
炎昼へ人吐く自動扉かな
落葉舞ひこの世の景を遠くにす
月光の針が落葉に刺さってゐる
目つむれば目にとどめたる落葉舞ふ
これ以上落ちようもなきおち葉かな
落葉してなにかしきりに遠ざかる
落葉みなおのおのの孤のなかにあり
落葉降るわが立ち止まるところより
落ちる葉を夕陽がかろうじて掴む
木魂樹を離れおぼろの夜がまた
煙草吸ふ朧夜の闇吸ふごとく
おぼろ夜の海はるかより母のこゑ
船室の外朧夜の潮の風
把手なき朧の夜の扉かな
濤の國朧の國となりにけり
しすしすと夜へ朧の帯が這ふ
朧とは青き地球を漂へり
地球いつも半球おぼろなりしかな
熟柿食ふ児に落日の家路かな
風花す青空がまた少し欠け
風花すかの制服の紺深め
風邪の子に床はしんしんたる銀河
いたるところに片蔭という死角
蝸牛郷愁暗き彼方より
いつせいにこちら向きたる部屋の黴
月光の黴いんいんと増殖す
枯葦に水は非の打ちどころ無き
枯木山負ひ遥かなるもの想ひ
寒気あつまりかたまり水の辺の巌
寒の闇収めて蔵の壁白し
寒の闇すばやきものを克明に
寒鯉や嶺嶺に動かざる
元日の雲碧空にやはらかき
地下へ降り行く寒雲を眼にとどめ
寒卵割ればあかるくなりにけり
寒卵割ってあかるくしてあげる
わがくらき腑をゆつくりと寒卵
寒卵時計の横に置いてみる
寒卵時間の端に置いてみる
寒卵昏れのこる夕あかりかな
寒卵感極まりて割れにけり
寒卵テーブルの崖っぷちに置く
寒卵置けば時間が静止する
寒卵じぶんの影をさがしけり
寒卵不在の影を時が曳く
寒卵割れば明るき母の顔
鴉とぶこの世の寒き灯を吊るし
寒風やナイフきらめく人の家
駅の灯を濃くするために寒暮くる
待ち合わせ場所をさがしてゐる寒暮
白菊や部屋は墓域のごとき闇
きさらぎやうすむらさきに朝ひらく
きさらぎという銀の橋渡りけり
せせらぎのひかりはきさらぎのひかり
港はや九月の海の暗さ負ひ
くつさめや皮剥けて貌顕はるる
わが部屋の影が蜘蛛の囲めく日暮
子が駆けてゐる遠方に雲の峯
金色にビール泡立つ聖夜かな
聖樹より蒼き夜空に星はあり
クリスマス一緒にゐたい人がゐて
クリスマス一緒にゐたい人とゐて
啓蟄の闇樹のざわめきに深む
啓蟄や闇と闇とが絡み合ひ
紅梅は昼を待つ木と思ひけり
藍藍と海を五月の風が刷る
壁に吊るされてコートは黄昏れる
木枯や行手に誰もゐなくなる
風邪は濡れ紙こがらしが貼りに来る
木枯はうしろに背負ふもの多し
こがらしの影曳きもどる昨日今日
こがらしといふ巨いなるがらんどう
西国街道木枯の通る道
森は夜の夢凩が鷲掴む
木枯しがさびしさを押しひろげゆく
コスモスや空は青さを争ひて
コスモスやそよぎて深き空の紺
木の実この惑星碧く砕かれぬ
木の葉散るほかはいつもの窓の景
更衣山々青く走りけり
冴返る鳥は的なき矢のごとく
さくら散るしきりにちれば夕迫る
世にさくら充ち一片は頭のなかに
夜を覚めて桜は思惟の冷えの中
昼深しふゆるごとくにさくら揺れ
影つれて人去ればまた寒いベンチ
体内の空地も寒い午後である
さむざむと鉄塔聳え立つばかり
ポプラさわやか爽やかというかたち
サングラス何求めゐる女の眼
四月とは記憶の創に触れる手か
直立の電柱しぐれゐたりけり
草茂る太陽をずたずたにして
草茂る刻刻と夜の遠きより
わが臥所よりびっしりと草茂る
草茂る生身の我と思ふ夜を
草茂るごとしある夜の情念は
シャワー全開遠景がさらさらす
秋意あざやか夕暮れの団地など
ぶらんこに少女の想ひ揺れ残る
ぶらんこの揺れさだまりて夕迫る
ぶらんこの先にも停止線がある
ぶらんこの子を押す我を誰か押す
銀河系よりぶらんこが垂れてゐる
ぶらんこの子を押す我を誰か押す
銀河系よりぶらんこが垂れてゐる
十二月遠き嶺の樹も庭の木も
十薬静止暗緑宇宙空間に
春暁や乳児の息の濁りなき
春愁や紙折れば紙翳をもち
トーストのように明るい朝の初夏
卒然と山河したたる新茶かな
新涼の樹は一斉に走りだす
水仙のうしろの夜の怒涛かな
夕芒ひきぬけばうす暗くなる
夜の芒こころに置けばすぐそよぎ
芒靡く径遠近幽かなり
花芒暮れてこころにそよぎそむ
晩涼の闇深空より垂れてゐる
風凉し木蔭の端の渚めき
碧空のしたたりて冬菫かな
光陰のあわひを冬のすみれかな
陽に酔ひて睡る三色菫かな
子にもある秘密の場所や蝉しぐれ
まぼろしの蝉があつまる耳の谷
油絵のみどりべたりと蝉の声
まぶしさは記憶の淵の蝉しぐれ
木洩れ日は記憶の糸の蝉しぐれ
蝉しぐれ記憶濃き日と淡き日と
早春の土曜の午後のピカソ展
早春やグランドに人居なくても
鉛筆の芯よりも濃く卒業す
大寒の山骨色にひかりだす
大寒の薬缶にこゑのなき真昼
大寒の山漆黒の鳥放つ
銀行に大根持つて入りけり
夕茜してゐる大根おろしかな
碧空が碧深めたり鷹を容れ
鷹飛べり頭蓋のなかの蒼空を
うづくまる闇が焚火のそばにあり
人が通れば径明るくす竹の秋
竹秋のひかりを帯びて径を出づ
凧揚げて睦む父子を見てゐたり
短日やきょうは爪切る音で暮れ
冠毛の無きつづみ草時深し
孫を目で追えばたんぽぽまたたんぽぽ
蝶翔べり日矢に創つくところまで
揚羽とぶ白昼なんとなく暗し
ビル街の空地が眩む蝶の午後
蝶といふ光の創のやうなもの
月光やわが詩ひと夜にして古び
美しき詩華集を灼く月光か
家の灯を呼ぶ満月のあとの丘
満月の館の皿を盗りにゆく
月光裡湾岸線に乗りしより
天瓜粉孫のMOMOKAのまるい尻
凍光が絶つ山のこゑ河のこゑ
凍光や手帳となりて出張す
凍光のみづいろの水しぶきかな
聖堂も金銀の音も凍光裡
年つまる部屋の何処かに風が棲み
歳晩の人こぼしゆく終電車
土用波さびしきものの流れ着く
ゆきどころなき帆がひとつ土用凪
ねこしろくながれつぎたる土用かな
茄子畑紫紺の魂の百個浮き
大景の隅小景の茄子畑
暗い夏研ぎ師となりて町をゆく
白は放心の色ゆく夏の色
夏すでに炎のかたちしてゐる木
ポプラは夏を呼ぶ木街路を眺める木
錆ぶ竹に水光のよくとどく夏
夏座敷男の正座美しき
いちまいの瓦のひかり夏つばめ
街路樹の位置をさだかに夏が来る
ひかり得て水が夏暁のこゑを出す
揺れてゐるグラスのなかの海の夏
黄昏れるために傾く夏の坂
あいあいと山脹らんで夏に入る
夏兆す厨のひかるところより
夏はじまる森は目をもち耳をもち
夏が来るまぶしい鳥のかたちして
夏めきて石ごろごろと遊びけり
夏風邪の子に夕の雲ひかるなり
夏草やいま無き貨車の影を待つ
夏川のひかりが海へ疾走す
夏木立朝は梢のように揺れ
鬨あげて夏雲覇者のごと京へ
壮年に一瞬の翳夏の雲
夏日没る情慾消ゆるごとくにも
白っぽい文体に似て午後の夏
原色ポスターはがれるように夏終る
Tシャツを干す青空に貼るように
太陽やシャツを青空から剥がす
子を呼んでゐる爛漫の花菜畑
葉桜や胃のなき父を思ひゐる
蜂飛んでゐる真青なる草の上
八月某日いちまいの白い皿
花を得て城また遠き夜に冷ゆ
別の世のひかりに冷えて花の蔭
花火してむこうの夜を垣間見る
手花火や四方に幼き日の暗がり
牛乳を飲み干す子供花の冷え
水よりも冥き未明を破魔矢過ぐ
昼が来て薔薇よりふかき息をする
春の昼陶器に残る火の匂ひ
中天に聡き日のある春の昼
春暑し木蔭物言ふごとく揺れ
春の風邪たんぽぽの黄の咲き乱れ
春のくれてのひらを川ながれだす
春の川橋の下にて暗くなる
春の田に眸をゆだね少女来ぬ
こんこんと景色とほのく春の水
公園の銅像が吐く春の闇
夜は春の闇黒豹が群れをなす
灯台の白を晩夏の墓標とす
かんかんと静かなる午後晩夏かな
灰皿に吸殻の山晩夏かな
晩夏かな黒板白き文字浮べ
筆落ちてゐる晩秋の山の駅
地下鉄の或る日の出口日脚伸ぶ
日傘一本発狂してひらく
ひらめきのごとくにひらく日傘かな
日盛りの樹に水音の幽かなり
ひぐらしのこゑ茫茫と落暉かな
ひぐらしの樹はいつ見ても夕闇裡
向日葵を掴めば遠き陽が叫ぶ
向日葵や感情の窓開け放つ
ひまわりに影消ゆる刻ありにけり
大昼寝海へ海へと転がりぬ
昼寝覚シーツのごとく目覚めけり
樹齢千年くろがねの冷えは放つ
ひややかに水音水を離れけり
ひえびえと巨大な石の椅子がある
灯を消せば白磁の冷えが流れ出す
しうれいのさざなみを立て夕べの木
枇杷灯るごとし生命線上に
プールサイド何求めゐる女の眼
藤重く垂れ憂愁は詩のなかに
真夜に立つ布団のなかの白い波
干蒲団睡魔のごとく昼が来る
葡萄もつ手よりむらさき流れけり
積むように男の会話冬の石
卒然と青杉に冬直立す
冬の径ゆく淋しさを愉しみて
冬が来るしづかに確実に村に
冬扉閉ざすこころのごとくあり
冬に入る聳ゆもの皆さだまりて
冬景色黒いカメラに収めけり
冬といふ男がビルを磨いてゐる
月冴えて冬木は白い睡りのなか
手のひらのやうな冬日が肩にさす
冬の町遥かを川の流れゐる
冬の闇負ふ人形の面かな
冬の坂のぼり展望台へまた
ごはごはと洗ひざらしの冬が来る
冬晴れや漢和辞典の黒表紙
青空の青を冬木が喪失す
冬の木のごとく詩人が影おとす
セメントの橋の下ゆく冬の川
胸中に鳥影も濃く冬深む
ものの影克明に冬深みゆく
蛇消えて水のごとくに来る夕べ
肉体の暗がりに置く蛍籠
照るポプラ師の瞳ともまた眼とも
きらめくはポプラと遠き日の少女
少女とのことなどポプラ照る母校
葉のやうにひるがえる闇盆近し
曼珠沙華神経過敏症候群
夜が来る曼珠沙華かんざしにして
曼珠沙華つめたき宙を日が移る
曼珠沙華追憶は血をこめかみに
曼珠沙華夕冷えが日をひきもどす
男抱くごと曼珠沙華墓石抱く
短夜の闇収めたるインク壺
渡世思えば短夜の星哀れ
短夜や鏡は闇を吸ひにけり
短夜や深淵を川流れけり
暗黙のうちの和解や水温む
水のかく温むごとくに再会す
緑立つ山のうしろは京の町
海明くる島のみどりの氾濫に
もくれんの白光は病者をつつむ
焚けば哭く紅葉黄葉うつくしき
山眠る斧一丁をふところに
ぬばたまの夜をしなやかに弥生来る
泥靴のごとく夕立を希ふ
夕焼けて禽獣のこゑ水にあり
夕焼けはいつもなにかを置き去りに
夕焼けのこゑのひとつはおさなごゑ
絵本より灯がもれ雪の夜がまた
雪催ひ鳥見てぬくき掌を覚ゆ
雪催ひ産着のやうな陽を恋へり
雪催ひ白きものみな暗くあり
ゆく年のわが裏山を何か翔つ
咲き競ひたる白百合のひとつ折れ
宵闇に迫られてゐる男かな
陽を得たるヨット日翳るヨットあり
蓬萌ゆ昼のく幽さを刻が曳き
落花生真昼の事情ある家に
緑陰に少女干されてゐるごとし
薄目して樹蔭に夜の闇ひそむ
ビルの影白い少女が無数に殖え
白昼へ緑蔭を曳く一少女
冷房のあをき尾を曳き人うごく
夭折はレモン一顆を光とす
製作中
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